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異文化とは何ぞや? グローバルマインドセットの必要性

グローバルマインドセットの必要性

グローバルマインドセットの必要性
13年前、私はオーストラリアのシドニーで、日本語教授法のコースで勉強して、現地のアジア人の集まる高校でインターン生として日本語を教えていました。
日本で会社員だった頃、営業研修のインストラクターをしていたことはありましたが、生まれて初めて教壇で人に何かを教える「先生」と呼ばれる立場になり、(あの勉強嫌いだった自分が先生かぁ?)と何だか、いいのかなぁ、私みたいな者が・・・と、こそばゆい感じがしました。
初めて高校の教室、教壇に立った時の緊張感と、高校生達が座る教壇から見えた教室の映像は今でも忘れられません。
当時、私は日本人に生まれて初めて「日本語を外国人の立場で客観的に見つめる」という今まで考えたこともないことをする必要性に迫られました。
外国人の目で日本語を見つめ、どうしたら彼らに伝えられるか考える。
一定のルール以外の特例が多い日本語を、“Why””Because”を普段から頻繁に使う彼らに、どう伝えればいいのか、授業の準備では相当悩みました。
また、クラスで授業をしている時でも、(本当にこの人達に伝わっているのかな???)と、いつも自分を疑いながら、彼らの表情、態度、返答を注意深く観察しながら授業をしていました。
しかし、こちらが、教えているつもりが、彼らから教えられていると感じることが多く、最後は教壇から頭をさげてお礼の言葉を言うことも多々ありました。
そこでの体験は、彼らに日本語を教えるだけの一方通行の「教育」ではなく、先生も学生も一緒に学ぶ、まさに「共育」だったなと思いました。
私が日本語教授法を学んだ学校の先生はシドニー在住の日本人の物書きの人で、永淵閑さんというインド旅行記など数冊の著作を持つ、ひげを顔中にたくわえた日本人男性でした。
彼が最初のクラスで学生に与えた課題は、「異文化とはなんぞや?」ということでした。
その時に渡された資料には、明治時代の日本人南極探検隊とノルウェー人の南極探検隊が南極に連れていた、「犬についての考え方」の話でした。
その時のオリジナルの文章は手元にないので、要点を皆さんにお伝えしたいと思います。


“異文化とはなんぞや?”

「南極で置き去りにされた犬たち」

…長い船旅の途中でのあいつぐ犬の死。流氷群に取り囲まれてのやむなき撤退。再挑戦と、上陸してからの猛吹雪との遭遇。
不足する食糧。
せまりくる遭難の危機。
犬と人とが体力を使い果たした最終地点「やまとゆきはら」。
探検への熱い意志と冷徹な判断。
撤退の時、白瀬はアイヌ人隊員の懇願もむなしく、20 頭の犬を南極に置き去りにして出航を命じた。
流氷群、猛吹雪、不足する食糧。

引用文献:やまとゆきはら

白瀬隊長と日本人隊員

白瀬隊長と日本人隊員

白瀬 矗(しらせ のぶ)

日本人探検隊はアイヌ人隊員の懇願もむなしく、樺太犬を南極に置き去りにして出航を命じた隊長白瀬。
「お前たち、どうか生きてくれ…」


ロアルド・アムンゼンとノルウェイ人隊員

ロアルド・アムンゼンとノルウェイ人隊員

その当時、同じ時期にイギリス探検隊やノルウェー探検隊も南極へ到達。ノルウェー人探検隊は、これまで共に南極を目指した犬を全て残らず殺して出航。
「つれて帰ることはできないし、ここに生き残しても、のたれ死ぬだけ。私達の手で処分するべきである。」
*その当時、もっとも犬はノルウェー隊員たちの食料も兼ねていた。
犬はパートナーであり、動力であり、食料ですらあったのである。それが当時の極限に厳しい探検の現実であった。
アムンゼンは、隊の効率的なマネージメントを考え、南極から帰国する時には、一部の犬を殺して、残りの犬の餌にするという方法で犬を処分してから出航した。そして、各国の探検隊によって南極に連れて行かれた無数の犬達の中で、またもとの世界に生還できた犬は、日本のタロ・ジロ(1959 年)までただの一匹もいなかった。


【講師の問いかけ】

ノルウェー探検隊は、そり犬達を自分たちの手で殺すことが正しいと考え、日本人は過酷な生活が待っていることを解っていて、犬を生かして残していった。
さて、皆さんはどう思いますか?これは、どちらが正しいといえるのでしょうか?

講師は授業では解答を与えませんでした。
ただ、両者とも、これまで苦難をともにしてきた犬達への愛情はもちろんあるわけで、そこに違いがあったのは、犬に対する考え、文化・価値観の違いがあった、ということです。

しかし、日本人の自分が当たり前だと思うようなことに対して、相手の国の歴史や文化的、宗教的な背景を考慮し、このようなことを感じたり、葛藤する心が教師には必要だということを気づかせてくれた授業でした。
その講師は、コースを通して技術的なことや知識よりも、「教師とはなんぞや?」ということを徹底的に考えさせることをコースの最重要課題にして、最後の授業では、「教師には“心・技・体” が大切だ。」と教えてくれました。
具体的には、“私達、日本語教師には、このような異文化による認識の違いが、いつも学習者と私達の間に存在しているということを忘れてはいけない。
彼らにも、彼らの正しい認識、大切にしている文化、哲学がある。

自分たちが必ず正しいと思って日本語を教えてはいけない。”という姿勢とマインド、また、言葉だけでなく、体で表現することが大切なことであると自分で答えを出しました。
この時が、きっと私の人生において初めての「異文化理解」という言葉にふさわしい経験、時間だったと思います。
その時から私は「日本生まれ、日本育ちの地球人になろう!」と思いました。
さて、読者の皆さんは日本語を教えることが仕事ではありませんが、日本の技術を教え、日本の製品を外国人に伝えて、外国人スタッフを育てていくことが、海外駐在マネージャーの使命でもあると思います。
その時、海外で外国人と一緒に働き、目的を達成するために大切なのは、日本人マインドセット(意識の枠組み設定)をグローバルにマインドセットすることが、日本語教師も日本人海外マネージャーも異文化の人達への日本の伝道師として、持つべき大切な要素なのかもしれません。


日本人海外マネージャーの実態

最後に、アメリカにある日系企業において、日本人マネージャーの元で働くアメリカ人のインタビュー調査の結果をここでご紹介します。
そのインタビュー調査では、次のような不満がアメリカ人社員からでてきたそうです。

  • どうする、というだけで、なぜならば、という説明がまったくない。
  • 日本人駐在マネージャーは何を考えているのか解らない。
  • 彼らが、私に何を望んでいるのかわからない。
  • 自分の部下に対して、Thank you と言う事を知らない。
  • 意味もなく、やたら会議ばかりしている。
  • 急にむきになったり、顔色を変えてどなったりすることがある。

Global Impact資料を参考に加筆修正

これらは、異文化コミュニケーションの典型的なスキル不足を表しているようで、お互いの文化的な相違をよく知らなかったり、うまく対応ができていないということを示しています。
そして、実はこれらのコメントは、シンガポールの日系企業の従業員満足度調査でも、シンガポーリアンからよく聞かれる不満と同様なのです。
海外の日系企業では、欧米諸国、アジアにおいても同様で、日本人マネージャーのもとで働く外国人スタッフは、不明確なゴール、自分の上司や本社には報告するのに、部下へのフィードバックがないこと、そして不明瞭な人事考課などに対して大きなフラストレーションや不安を抱えていることが、明らかになっています。


最後までキャリアマネジメントのコラムを読んでいただきありがとうございます
ご質問、メッセージなどありましたら、kaz@tii-asia.comまでご連絡下さい

ありがとうございます、これにてキャリアマネジメントのコラムを終了します

写真提供:National Library of Australia *目的と事情を話してお願いして許可を頂きました。そういう目的ならと快く許可を頂いたオーストラリア政府関係、オーストラリア人が私は好きです。日本政府保管の写真資料を拝借するのは無理でしょう。この各国の探検隊が南極を目指した時、当時はすべての探検隊がシドニーを経由して休養をとりました。それで、各国南極探検隊の歴史的な写真、資料がオーストラリアに保存されています。

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