Asia特集&コラム

キャリアマネジメント

Lesson11.”自分探しとキャリア開発”(1)

置き忘れてきた自分の宝物

置き忘れてきた自分の宝物

最近、シンガポールでお会いしたビジネスマンのAさんからお聞きした話で、私はせつない気持ちを感じました。その方は偶然、このキャリアデザインのエッセイを目にして、ご自分が感じたことを話してくださいました。

「私はね、本当は好きだった電子工学の知識を活かして仕事がしたかったんですよ。
でも、ある時、まったく違う畑に配置転換があって、そこからは管理職としてずっと違う畑で働いてきて、今、50代後半になって会社を辞めたとしても、今の仕事は定年後にやりたいと思わないしね・・・。
もしも自分の得意分野をずっとやっていたら、会社を辞めても独立して、何かができるかもしれないけど、今じゃ、独立しても何もできないんですよね・・・」と話してくれたAさんの様子はとても寂しそうでした。
まるで大切な宝物をどこかで失くしてしまって、悔やんでいるように感じました。

Aさんは、大学の電子工学科を卒業してから、ある大手精密機器メーカーに入社して、ずっと製造の現場で働きながら課長となりました。
その後、管理職として配置転換があり、まったく違う人事部に配属され、前部署に未練を残しながらも、まったく知らない分野で管理職として働かなければなりませんでした。
管理職コースへ移ってからは、管理職研修や試験、査定があり、同期と共に管理職コースのなかでサバイバルしていく他はなかったようです。
このケースは、多くの日本企業にあるようで、ここシンガポールで働く駐在員の方でも、同じように、配置転換を突然言い渡され、「辞令にイエスというしかなく、ノーと言えば、会社を辞めるしかないよ。」という話を伺いました。
今でも多くの会社で、人事配置転換は、個人には話し合いの機会も選択肢もなく、会社員にとってはNOとは言えない、会社命令になっているようです。それはまるで、徴兵制度の”赤紙”の様です・・・。


キャリア・アンカー

キャリア・アンカー

シェイン(Schein, E.H.) は、キャリアを「人の一生を通じての仕事」「生涯を通じての人間の生き方、その表現の仕方」であるとし、「キャリア・アンカー」の概念を提唱しました。
キャリア・アンカーとは、個人が選択を迫られた時に、その人がもっとも手放したくない欲求、価値観、能力などのことで、その個人の自己像の中心を示すものです。
個人のキャリアを大海原に浮かぶ船と例えると、大きな波や流れに巻き込まれて、船があちらこちらへと振り回されても、その船をつなぎ止める錨(アンカー)としての働きをするもので、ある人のキャリアの積極的な定着、そして促進させる要因となるわけです。

これを読んで、「ああ、それなら自分のキャリア・アンカーは多分、こんなことかもなぁ」と思われる方は、30代~40代の方に多いでしょう。
また、20代で仕事の経験も数年しかないとすれば、まだ、自分のアンカーをどこに降ろせば、自分にとって精神的にも充足ができるのか? それはまだ見つかっていない人も多いでしょう。 
仕事や社会経験を通して、自分にとってのイエスやノーを体験、知ることでそのアンカーの領域が見えてくるはずです。

また、40代以降の方ですと、すでに自分のキャリア・アンカーを知っていて、現在のお仕事をされている方が多いと思いますし、さらに40第50代の会社員の人の場合は、これまでの自分の長いキャリアと定年という新たな転機が近づくことを意識しはじめます。
また、その定年後に茫漠と広がる時間は、必ず、「自分の生き方」を自分に強く問いかけてきます。
その時に、自分の価値感や、能力、自己像の核を知らないと、大海原でどちらの方向へいって、どこに錨を下ろせばいいのか、解らなくて、波にただよう小船のような状態になってしまう可能性があります。
皆さんご存知の通り、昔と違って現代の60代の人達は、体力も気力もまだまだ元気で、定年になって自宅でご隠居という選択肢をとる人は少なくなってきています。
これまでは、会社の都合に合わせて働いてきましたが、もう指示してくる会社はありません。
自分の人生の第2の舞台がどこにあるのか、すなわち、自分を活かせる場所を自らで探しにいく必要があります。
今後、超高齢化時代を生きていく私達にとって、定年時に突然、別の海域に放り出されたような気持ちにならないためにも、自分を活かす舞台をある程度、定年前ではなく、四十代後半くらいから考えてみることが、皆さんにとって大切なことだと思います。
次号後編では、キャリアアンカーについて少し掘り下げて説明します。

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