インキュベーター・インスティテュート齋藤一恵のブログ

‘海外シンガポールから日本を見て思うこと’ カテゴリーのアーカイブ

2016 年 3 月 9 日 水曜日

日本人にとっての海外インターンシップと欧米諸国の企業にとってのインターン生

私は90年代に海外留学、インターンシップをしたい人へキャリアカウンセリングをしてインターンシッププログラムの手配のサポートを仕事にしていました。日本国内の学歴だけで、職業選択が制限される常識のなかで、海外にいって勉強しなおして、自分のやりたい方向の仕事に挑戦する道筋を海外での専門的な勉強をすることで、キャリアチェンジできるよ!! という信念があり、それが、私の最初の起業でした。

当時、海外インターンシップといえば、「お金と人の労働力搾取」じゃないか?と思うような業者がいて、個人的には「それって、どうなの??悪徳じゃないの?」と思っていました。
悪徳業者を一掃してやりたいという気持ちで、人の人生のカウンセリングについて勉強して、産業カウンセラーの資格をとり、人の人生を左右する海外留学、インターンシップを希望する社会人向けにカウンセリングと手配のサポートをするカウンセリングオフィスを東京、上野で設立したのが、私の最初の起業の情熱でした。

当時、それは、その本人がそのプログラムに100万円以上、お金を払って、現地で提供された部屋に家賃もちゃんと払い、海外の企業に派遣、研修生として働くというパターンでした。

アメリカや、イギリス、オーストラリアなどでは若者のインターンシップ受け入れがある意味、企業の社会的な活動として定着しているもので、日本でいうとアルバイトと同等レベルの仕事が与えられることが常識的。

「日本の若者の「夢の実現」か「やりがい搾取」か、米VC・Fenoxの騒動で見えたシリコンバレーインターンの実情」
http://jp.techcrunch.com/2016/02/26/fenox/

この記事にある企業での体験は、日本人にとってはシリコンバレーというブランドも含めて確かに魅力的だと思います。
この記事で見えてこないのは、日本人を中心とした56人のうち、何人がこの会社で採用になったのかなあ? と思うけど実際、雇用計画ゼロが前提でも、「若者の就業体験を提供する」ことが一般的な目的なので。

日本企業の若者インターンシップ受け入れの実践が進化していないなあと思うのと、日本の場合は、優秀な学生採用のひとつの手段と考えていて、お客様扱いの企業が多く、海外のインターンのあり方と比較すると「搾取」に見えやすいかもしれない。

2014 年 3 月 1 日 土曜日

【内閣府 世界青年の船グローバルリーダー育成事業1】

1月25日から、2月22日までの29日間にわたった大型グローバルリーダー育成研修が完了しました。わたくし、齋藤はこの研修のなかで「青年起業コースファシリテーター」として参加させて頂きました。Mission completed!
lastday
この1か月の間に、年末からクライエントにはこの件でシンガポール不在になることは伝えてきましたが、Tii のお客様には回答や対応が遅くなりましたこと、一部の方にはご不便をお掛けしましたが、ご理解とご容赦頂いたこと感謝しております・・。私自身、起業したのは日本人のアジアンリーダーを育成することがビジョンでこれまで事業をしてきましたので、この仕事はとても感慨深い光栄な仕事でした。
nipponmaru

この日本政府による青年の船事業とは、
(以下、世界青年の船オフィシャルサイトより)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昭和34年度に、当時皇太子殿下であられた今上陛下の御成婚を記念して時の岸信介内閣総理大臣の直々の発議により「青年海外派遣」事業が開始されたことが発端となり開始されました。
 さらに、昭和42年度には明治百年記念事業の一つである「青年の船」事業が開始されました。「青年海外派遣」事業と「青年の船」事業はいずれも当時、日本 の若い青年が自力で海外に行くことが非常に困難であった時代に、政府が実施主体となって日本青年を海外に派遣するという、正に日本国中の青年に大きな夢と 希望を与えた事業でした。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

しかし、今回の25回目となる青年の船事業を継承する「グローバルリーダー育成事業」実現の背景には壮絶?なドラマがあった・・。
長年、この日本政府による世界青年の船が毎年実施されてきたが、あの民主党が政権を取った後の事業仕分けで、『日本と世界各国の青年が船旅を通じて交流する「世界青年の船」を含む青年国際交流(11年度予算で14億6千万円)など4事業を「廃止」と判定した。』この事業が教育、国際交流という目的で成果が明確に見えにくいこともあり、廃止という結果に・・・。実質、予算がないので事業閉鎖に追い込まれるような状況でした。
その時。このプログラム運営に尽力してきたNPOの青少年国際交流推進センターの事務局長をはじめ、2013年の12月26日の総選挙で自民党が政権を取った時点から、凄いスピードで動き、事業予算を取り戻すために国会へ予算審議を提出、なんとか最低限の運営予算を獲得して、2013年度の事業が開始できたという、執念と情熱のドラマがあったそうです。
この一旦は廃止とされた事業をなんとか、次のプログラムに参加を希望していた世界から集まる青年達の希望をつなぐために、奮闘した現場の方たちには敬意を表します。
これこそが、ソーシャルアントレプレナーなるリーダーシップだと実は思っていました。女性の事務局長が必死に政府関係者たちへ熱心にロビー活動をされた賜物だろうと思い、私はそのリーダーシップに感動してしまい胸が熱くなりました。

YE-course-last
今回、新しく組みなおした「グローバルリーダー育成研修」には、日本、バーレーン、ブラジル、フィジー、インド、メキシコ、スウェーデン、タンザニア、トルコの9か国から、合計160人が参加しました。
このプログラムの概要としては、
A: Cross-cultural Understanding、異文化理解
B: Environment環境、
C: Information and Media ITとメディア、
D. Youth Entrepreneurship 青年起業
の4つの課題コースに分かれて、テーマごとにコースファシリテーターが準備したレクチャーと課題のテーマに沿ってディスカッションの時間を重ね、その課題に関連する企業や施設へ訪問し、さらに理解や問題意識を深めていく流れ。

実際に自分達がアクションをとっていくために必要なリーダーシップセミナー、プロジェクトマネジメントセミナー、そしてこの事業全体のコミュニティに対して個人、グループで委員会(プロジェクトグループ)を作り、それぞれがコミュニティに貢献する活動が事業期間中に発揮されるという、仕組みになっています。誰もが、ただ黙ってそこにいるわけにはいかない環境に身をおくことで、英語に苦手意識のある日本人でも動かないわけにはいかない仕掛けになっていました。
とにかく、大型客船が舞台でもあるゆえ?密度の濃い大型な研修事業でした。

にっぽん丸で横浜港をでて、早朝に石巻港についた朝、まだ暗くて凍りついた港を見て、ふと、(グローバル人材育成X青年起業(起業家精神)なんて、なんだか自分の人生ビジョンを総括するようなテーマに今、自分はいるかも)と思って、きゅんとしてしまいました。。笑

シンガポールを出発する前から色々と悩んだ末に、Entrepreneurship「起業家精神」を探るための全体のストーリーを設定して、プログラムの流れを創りました。 
クラスとしては9か国から、42名となり、海外からの参加者は社会人がほとんどで、日本人参加者は大学生が9割以上。ひとりひとりのバックグラウンドもまったく違う上に、外国人と日本人とでは社会経験の大きなギャップもあり、同時に英語力のギャップもありました。 そんな参加者たちにとっては、やはり、最低限、ディスカッションに必要な新しい語彙、定義、ファクト、今、実際に世界で社会起業家、Social Entrepreneur とSocial enterpriseという新しいコンセプトのビジネスモデルのムーブメントが起きていること。
そして、実際に今日の社会で人々の生活を支える製品、サービスを生み出した起業家達のドラマを共有して彼らの言葉を聴くことから、「起業家精神の本質は何だ?」ということをそれぞれ掴んで自国、地元地域に帰って欲しいということが私の大目的でした。
ファシリテーターは、教師でも講師でもないので、そのラーニングゴールに対して、参加者が考えるためのテーマや質問を与えて、参加する姿勢を大切に、意見を積極的に引出し、その場の人たちからお互いに学びを得るという場をつくるのが大きな役割。

まず、私自身としてはこれまで、民間で主催者側として企業の研修事業をしてまいりましたが、最長でも4日間研修で、29日間連続の休日なしの団体研修に携わったのは初めてで、毎日、朝8時半からスタッフミーティング、夜は21:30~のミーティングをして終わるのは大体22時。その後、部屋にもどって研修の準備。
私自身、そんな働き方をしたのはシンガポールで会社を起業した当時は毎日がそんな生活でしたが、ここしばらくの間、普段はシンガポールスタイルで短時間労働、土日休みの生活をしていた私にとっては、その長時間労働の団体生活に身体がついていけるかなあ?と不安を感じながらも、自分を鼓舞しながら、極寒の日本に向かったのが、冷たい雪の降る1月22日でした。

とにかく、この時期の団体生活で脅威だったのはインフルエンザが参加者のなかで発生、拡大することでした。スタッフや参加者も含めて、皆で手洗い、うがい、アルコール消毒、発熱者がでればマスクをするなどを確実に実施することで、運営に大きな影響を与えるような発症に至ることもなく、予定通り、無事に全体事業の運営を完了することができました。国の事業の場合、団体で病院に行くようなことがあるとニュースとなりやすいため、本当に船のなかでは一人、インフルエンザがでたときにはピリピリした空気が流れていましたが、個人の小さな行動が成果へのコントロールにつながったという実感をしました。内閣府や運営スタッフの素晴らしいチームワークとその仕事ぶりは感動ものでした。写真はプロフェッショナルで魅力的なスタッフの人達。great-admin

この研修の中で、発見したこと、私自身も学んだことが沢山ありましたので、また続編ブログで、日本人のグローバル人材育成について、感じたことを皆さんに共有できたらと思います。
また、日本の30歳までの若い人には、このプログラムは本当に色々なものが民間の留学や海外体験プログラムでは経験できない貴重な経験だと言えます。ここで寝食共にした世界の若いリーダー達との人脈も含めて人生にとって価値の高いもので、ぜひ応募、参加することをお奨めします。今日は長くなったので、ここまでにします。

2012 年 8 月 12 日 日曜日

日本の中小企業というダイアモンドへのグローバル化支援の重要性

日本にいる日本人の人たちには、今の政府のやり方、行動、メディアによって、人間ならこの環境だと何人だろうが、先が見えないです。
日本にいる日本人なら将来を信じることが困難な状況だと、海外にいる日本人の私でも思います。

一方で日本人とは対照的な存在として、中国人は昔から「政府は信じられず、自分と家族と本当の親友たち」を信じ、その人たちと幸せを共有するために海外に移住して、商売してきて、中国ではない土地で「自分たちの繁栄」を築いてきました。

中国人をただ見習え!というつもりはまったくありませんが、政府が信用できて政府がなんとかしてくれるという妄想が日本国民には過去、なんだかあり、しかし東日本震災によってそれはただの妄想だったと気づいた人は少なくないと、twitter などからの皆さんの発言を見ていても感じます。
そもそも「政府は信じられないし、騙されて得はない」と、そういう思想がなかった人達はどう生きてきたのか?ということを知ることも参考になると思います。

そして、それについ最近、気づいた人々は何を指標にしていったらいいのか? 漂流難民的な気持ちになっている人も多いのではないかと想像しています。

一方で私個人的には、日本市場でもう注目しなくなった、地方の中小企業にフォーカスしています。
日本市場の産業界ではもう必要とされない時代になったとしても、アジアやそのほかの国では、日本の中小企業、町工場の企業さん、彼らが注目されるに値する実力をもっているからなのです。
これまでの日本で活躍してきた彼らの技術やサービス、商品はこれから!今の日本人のような消費心理にたどり着くその途中だからです。
今後の後進国、新興国にとって日本の中小企業さんの商品や技術は、新興国にとってありがたい、ハッピーな存在になることは間違いありません。

だから、私はシンガポールにいながら、日本の地方の中小小企業にスポットライトを当てるための努力をしたいと毎日、考えています。

先日、シンガポール国立大学と早稲田大学ビジネススクールの共同プログラムにて、当社で企業コーディネートを担当しました。

そこで感じたのが、ビジネススクールはもっと日本というチームに対して、世界で戦えるための知識を産業界と手をとりあい、共同で日本をアピールするべきだと感じました。

残念ながら、昔から日本の大学はキャンパスの中だけで研究していて、学内の先生に認められることだけか、学会だけで共有してしまいがちな構造。
(また、その教授が産業界の流れやトレンドとかもとんちんかんな人だと最悪。)

ビジネススクールなら、もっと産業界と手をとりあって一緒にグローバル戦略を検討できないのかな?と思いました。

また、日本企業の管理職=だいたい50代以上のシニアは長らく大学の教育、アカデミックを信用していないので、(だから大学の専門とは関係なく人を配置する)社会人になった段階で、その人のベースの知識は0.ゼロ。
海外では、大学の専門性を重視するので、そこからもう仕事の専門知識を備えているという専門家意識を持たせて採用しています。

一方で、そういう事態に対して以前から問題意識を持って行動していた日本人リーダーは日本社会にちゃんといるのです。

今はもう、昔の当たり前を疑い、この国の勘違いや弱さをリカバーするリーダーが必要な時。そのうえで、私は日本の産業界の歴史を支えてきた日本の中小企業という存在にフォーカスしています。

2012 年 2 月 4 日 土曜日

アジア・シンガポール進出と企業の赴任者選定について

この2年間、いろいろな企業のシンガポール進出、ついでインドへの進出について相談にのってきました。当社は、インドは現地の専門家とのコラボなのですが、
シンガポールに関しては、携帯電話の契約やゴム印、名刺の作成など、ほとんどの業者が面倒がる細かいこともお手伝いしています。

みなさん、生まれて初めての海外赴任、そして、その国で生活するわけですから。
その気持ちは、私が1992年にオーストラリアに行った時のことを思い出し、その細かい不安などを想像しながらサポートしています。

まして、中小企業とはいえ、個人で立ち上げた場合を除き、上場していれば、会社の看板を背負っている以上、小さなことでかっこ悪いリスクは踏みたくないと思います。

私は、ひとりでシンガポールに乗り込み、会社を立ち上げ、今に至っていますが、いくら先進国顔しているシンガポールでも、その過程では相当にかっこ悪い、理不尽でいやな経験がありました。

だからこそ、そういうストレスやジレンマに悩む時間をつくるよりも、当社でそれをすべて手配して、あとは営業に集中して本業へ時間と精神を使ってほしいという願いです。

そして、長年、シンガポールで日本人の企業を見ていての結論として。
最初の赴任者の選定で間違いないのは。
「若くてリーダーシップがあり、人間的魅力がある人材」です。

とにかく、相手が何人だろうが、その人のことを尊重して、その人が自社にとってどんな有利な能力をもっているのか?と、冷静に考える頭と、最初にその人を検討するという受動力が必要。

なぜなら、なぜか50代以上の日本人は、「アジア」に対して卑下する感覚が時代的にあるようで、今の20代、30代なら、別に対等にローカルと対応できるのです。
いくら、海外初心者でも、そのうえの年代の人達には、アジアの人達を無意識に「下」にみる意識があるようなのです。ですから、雇ったスタッフも、仲間ではなく、「労働者」。

一方で、いくら、大手の弁護士事務所や、会計事務所へ会計業務やなにかを依頼しても、赴任者の家さがしや、子供の幼稚園さがしの見学、携帯電話の申し込み、水道関係の要望、名刺の注文、ゴム印の注文なんて、不動産会社の高い物件を売る営業以外の人には面倒がられます。(^_^.)
それで、当社では有料でコンシェルジュサービスをつくりました。

ということで、オーストラリアで生活、ほかの国でも海外出張や1か月くらいの滞在体験を多数してきたような私でも、シンガポールへ乗り込んでビジネスを立ち上げるとなると、小さなことが沢山、大変なストレスだった経験をしました。(特にサービス業の業者)

それゆえ、私ならではの海外留学や駐在の相談、手配を相手の立場の想像ができて、必要な手配が得意であり、初めての海外駐在もすべてコンシェルジュチームに監督しながら、私自身もお手伝いしています。
でも、そうしないと、大手と違って社内の人間が現地で「いらっしゃ~い」と待っていて、その人のために準備して動いてくれるわけではないので開業、営業スタート状態をつくるのは、英語や文化、商習慣の違いもあり、ひとりでは大変なのです。

日本の中小企業さんが、アジアで活躍することで日本のプレゼンスを高め、中小企業の社員と家族が自社の凄さに自信を取り戻し、活躍してくれる日が来ることを願って、私たちも頑張ります。

2012 年 1 月 26 日 木曜日

シンガポール日常での出会いと幸運?

今日は夕方、仕事が片付いて、愛犬の散歩していたら、近所のインド人マダムに「あなた、今日、うちのディナーにいらっしゃいよ」と誘われて。
「20:15にうちにいらっしゃい」と言われた。

特に予定のなかった私は「は、はい・・・」と。

そして、素敵なおうちのリビングへ。
(愛犬は置いて行った。)

リビングルームは、まるで高そうな、日本人向けの高級カラオケラウンジ風。

ビール?ウィスキー?ワイン?と聞かれて、
とりあえず、ビールで。(超日本人だな。)

その後、マダムがウィスキーを飲むことがわかり、
私もウィスキーをソーダ割りで頂きますといって、
いろいろと、最近のエレベーターでの問題出来事や、日本での滞在体験を話した。

そして、そのインド人マダムのインド人旦那さんが、私のマンションのオーナー理事会の理事だったようで、話したら、4月ごろから、日本メーカーのフジツーリフトに変えるという、ほとんど、決まりそうな話だよ。と教えてくれた。

ぞれは、富士通じゃなくて、「フジテック」じゃない?
と聞くと。あ、そうかも。とおっしゃった。

じゃ、早く、お願いですから変えてくれと。 そうでないと、子供とか、病弱な老人が私のような立場で被害者になったら、最悪ですよ!!!!!
と訴えた。

しかし・・・二人とも私が真剣になるほど、笑うのだ。
「笑い話やジョークじゃないのだ!」と訴えてみる。

すると、紳士の旦那さんは、私の体験談に笑いを抑えながら「そうだね。わかったよ」と。

なんだか、ご近所のインド人から、よく誘われる私なのである。
ついでに、「私たちは前世でつながりがあったんじゃないのかな」と言われる・・ インド人に言われるとなんだか本当らしく思えたりして。

そして、先日、エレベーターで大問題があった私の経験を話したら、そのマンションの決議のキーパーソンだった。
なんだこれ? 気持ちわるいけど、神様、ありがとう♪ ですな。

2012 年 1 月 17 日 火曜日

海外赴任者へのマインドセットの重要性

最近、思うこと。

日本で成功したケースの中堅企業が、シンガポール法人へ選抜されてシンガポールにいら​した赴任者はシンガポールに来ても、日本の自社の成功モデルと日本の常識を通そうとうするやり方がとても強いのです。

日本で成功した、私のキャリアの方法だから、シンガポールでもこれは通用するはずだし、当り前でしょ? という感じのご担当者が、大手企業ではなくて、中小企業でもいらっしゃいます。

海外にいらした方へ、当社ではこの場合、私は正しいことをしているのに・・・(確かに日本ではそれが正しいし、素敵。)でも、その方の日本でのキャリアの正当性を説明されて、シンガポールでこれをやっているのにシンガポールでうまくいかないといわれても。

どうやって、「いや、顧客も従業員も日本人ではありませんから・・・」とつっこむタイミングを作るか、結構、精神的にも苦労しています・・・​。

これは、本来は海外へ赴任する人へ、本社が「海外に行ったら、そこの現地の人を尊重するべし」という大切なひとつのことを会社上部から教育、マインドセットしないと無理です。

困るのは、その後のその企業さんなんです。  
結論は、海外に赴任させる前に本社から、「海外​に行ったら、現地の人を尊重するべし」という、この一言を最低限、念押しする教育をしてから海外に送ることが大切だと思います。​ 
英語の研修よりも、その外国で生活して、ビジネスをさせて頂く以上、その国の人が大切にしている価値を知ること、そして尊重、いわゆる人間尊重、人権尊重を理解することが基本です。

こういうことが、グローバル経営とグローバル人材育成のふもとでは小さくても大切なことだと思います。
ご本人もよけいなプライドとストレスで苦労してしまいますから。

2012 年 1 月 10 日 火曜日

やっぱり、上野は最高!

昨年、一度も長期休暇を取らずに仕事一筋の仕事生活であった私は、年末、ゆったりと
寒い冬の日本を満喫しました。
そして、日本滞在もあと1日。明日は企業訪問して、深夜便でシンガポールへ帰ります。

今回の日本でのホリデー中の観光は、京都、東京の人形町、そして古巣の上野を歩きました。
京都は、将来のためにまだ、行きたいところを残して、京都市内、祇園と東寺の空海さんへご挨拶。

写真は、上野動物園で、すごい人だかりのなかで、やっと、遠目から撮れたパンダの写真です。
30分以上待たされそうな列になっていて、並ぶのをやめた私にとって、これでもベターレベルの
パンダの写真です。す~ごい人でしたよ。上野動物園は。
上野公園を歩いても、気持ちいい~。

しかし、やっぱり、「上野は最高!」
上野駅前の商店街で、後ろにいた男性が、「上野、サイコ~!」と口走っていたので、
笑って、うなずいてしまいました。

国立美術館、国立博物館、上野動物園、桜の公園、不忍の池、神社、寛永寺などの仏閣、
アメ横商店街、韓国焼肉屋さん、吉池、多慶屋、寿司屋、鰻屋、とんかつ屋、皮革製品屋、
おもちゃ屋、盛り場の仲町通り、輸入品のお店、宝石問屋街、屋台、古書店、画材店、書道店、仏壇屋、
藪蕎麦屋、スポーツ・ゴルフ屋、銭湯、若い人からシニアまでが楽しめるカルチャーが、
ぜーんぶ詰まった「アミューズメントパークのような街」なのだ。

やっぱり、東京に住むなら江戸文化が残る下町、上野界隈か谷中、湯島がいいなぁ、なんて思いました。
上野駅前にある三井ガーデンホテルに泊まったのですが、思わず延泊しました。

とにかく、店員さんたちも、地元の母も、アメ横や寿司屋の大将も人に優しい、江戸っ子気質。
どこに行っても、気持ちよくコミュニケーションできて、いい感じです。
私が、下町の江戸っ子気質だからかも? 笑

江戸時代から、異文化を持つ人々を尊重する上野という街でした。

2011 年 11 月 6 日 日曜日

久々に日本ドラマ。「名前をなくした女神」

シンガポールは、Hari Raya Haji で祝日。明日の月曜日も振替休日でお休みです。
残念ながら、仕事のことばかり考えていて、この三連休をどうしようと何も考えないで、突入していまい、予定がなにもない3連休・・・。

で、リャンコート地下のDVD屋さんで、4本も日本ドラマを買いました。それで、何も考えずにドラマを見ようっと。

私は昔、20代の頃、女は結婚したら、終わりだと思っていました。
結婚したら、自分の好きなところへ旅もできないし、興味をもったことも簡単にはできないから、結婚したら、それはご法度だから独身のうちにやりたいことしておかないと、一生後悔すると考えていました。

それで、20代後半から、色々な国へ旅して、色々なことに挑戦してきました。
しかし、お恥ずかしながら、40過ぎてまで結婚もしないで、仕事ばかりしていたら、パートナーが欲しいなと思うときがあります。
しかし今日、シンガポールで購入した2011年の日本のフジテレビのドラマ「名前をなくした女神」を見て、ママ友という世界を見て、すごく嫌な気分になりました。
このドラマです。http://www.fujitv.co.jp/megami/index.html

この現象が、日本の常識だとは思いたくないですが。
私はシンガポールに来てから、正直言うと、ママじゃないけど、このドラマの主人公みたいな経験をしました。
このドラマを制作した監督は、何が言いたかったのか?最後までいらいらしてしまいました。
こういう人を陥れて、妬む気持ちが日本人社会では普通にあるんだよ?と言いたかったのか?
このドラマで言いたいことは何なの?とイライラしながら、一応、最後まで早送りしながら観ました。

ただ、人を妬んで行動する人とはなんでだろう?と思っていましたが、その行動の心理がこのドラマを見て、少しだけ解りました。

でも、有限の人生の時間を、どうして?人の不幸のために手間と時間を使えるのかは?私には、これを見てもまだ理解できません。
ターゲットにした人が、不幸になり、泣く、辛い顔を観たくてゲームみたいにそれをやりたいみたい、それで笑える。そして、その人がつらい思いをして泣くことが、嬉しいみたい。怖いよ。

でも一方で、それは、きっとその方の母親か父親がそういうタイプだったということが、多くの確率であります。世界の統計ではそういう心理の人は幼少に不憫な、不当な思いをしているみたいです。それくらい、辛い思いを幼少のときにされているみたいです。

でも、お願いだから、自分の幸せのために時間と手間をつかって、貴重な人生の時間をわざわざ、人を陥れるためにその美貌や才能、時間を使ってほしくないですね。その方の大切な人生にとって成果ではないから。

2011 年 8 月 26 日 金曜日

Facebook “シンガポールビジネスコンシェルジュ ページ” OPEN!

シンガポールを拠点に人事管理・人材育成コンサルティングサービスを日系企業の海外拠点向けに提供してきた、インキュベーターインスティテュート(Tii)が、日本の地方の中小企業向けに、シンガポール進出前から法人登記、会社設立、開業後の支援をトータルで提供するサービスを開始しました!

会社設立後からは、ローカル事情にどうしても疑問が多い初年度1年間に、シンガポール総務、経理の実務経験が豊富な日本人女性からなるコンシェルジュチームが味方となり、サポートします。 すでに営業している企業のグループ会社、子会社様のシンガポール拠点新規セットアップにもぜひご活用ください。

それに伴い、Facebook のファンページをOPENしました!こちらです。 「シンガポールコンシェルジュ」Facebook pageつい2日前にオープンしたばかりで、まだコンテンツが少ないのですが、
他のサイトとは違い、日本人からみて、シンガポールビジネス、アジアのビジネスのヒントになりそうな情報にフォーカスして、ビジネス視点で情報発信していきます。

ぜひ、皆様、「いいね!」とご支援頂ければ、毎日、日本のために役に立つだろうか?と悩みながら、情報を収集するスタッフにとって大きな励みになります。

東日本大震災の被災地の企業さんには、当社の支援サービス料金のうちの50%をキャッシュバック致します。どうか被災地で沢山のものを失い、何から手を付けたらいいのか将来が見えない中小企業の経営者の方達にアジア進出という手法で再起を図る方法を提示して、心から応援したいのです。
そして、被災地の企業さんのアジア進出成功モデルをひとつだけでいいので、創出するためのメンバーになれたらスタッフ一同、本当に日本人として生きていて幸せです。

2011 年 7 月 30 日 土曜日

最近、シンガポールには、日本から色々な人がやってきます。

シンガポール進出を果たした企業家。80歳!


ここ3か月くらいの変化です。やはり日本で未曾有の震災と原発事故という国民ひとりひとりがショックを受けた事故があり、多くの日本人が、「日本国と自分を見つめなおした」時間だったのではないかと想像します。

海外シンガポールで生活している私でさえ、毎日日本が心配で心配で眠れなくて、3月11日以降、1か月間は特にニュースを追いかけて、被害がなかった自分だから何かをしたい、しなければ・・と毎日考えて、眠れない日々を過ごし、苦しい気持ちでいました。
(1か月後、私には初めて10円ハゲが頭にできてしまいました。。思わず、ラッフルズホスピタルへ人間ドッグに行きました。)

一方で、やはり被災地の人の気持ちを考えて、自分も節約、自粛モードな気分になっていたところ、
やはり、そうじゃない、支援をするなら、自分が稼いで元気でいないとだめだと気付きました。

アジア、シンガポールでせっかく超景気の良い場所にいるのだから、もっと気合いいれて頑張ってビジネスをしながら、被災地のなにもかもを失って希望が持ちにくい中小企業の経営者の方に何かアジアへの進出機会をつくり、成長市場のアジアで稼いで、地元や家族に利益を持ち帰るモデルがつくれないか?と考えました。

そんななか、さすが、日本の中小企業の経営者は、ただただ、現状のリスクと政府のうだつの上がらない状態に見ているだけ・・ではなく、やはり、自分から何かをしないとと思い、これからはアジアで稼いで、困っている日本が助けを求めたら、何か支援ができる自分でいたい、または、このまま日本船ごと一緒に沈みたくないというお考えの方が、シンガポールにどんどんとアクセスしてきております。

ついでに、日本政府はこれから増税をして、さらに好業績の国民にはさらに増税するという方針のようで、
一生懸命頑張って稼いでも、被災地の支援になるならいいのですが、それも望めない超金食い虫の政府にお金を食わせると思うと、それは健全なビジネス精神を持っていても、人間の生き方と方針にも嫌悪感を感じると思いますね・・

そんななか、世界中で今、注目を浴びているのがシンガポールのようでして・・・
(私から見ると、ちょっと調子に乗りすぎじゃないの?と思う節もしばしばですが。)

ただ、事実として、人間には生命と時間が有限なので、その有限なものをどう使って生きるか?
と考えると、ふつうは一生懸命、働いて会社を経営しても、従業員の生活を支えても、自分自身と家族が幸せになれる先行きが見えないのならば、それは人間の本能と常識的な欲望として「最低限、妻や子供、自分も含めて家族を幸せにしたい」という国籍は関係なく人間の本質的な欲求があります。

ですから、それが日本国内で望み、努力をしているのに、その実現が困難だと感じ判断したら、経営者的な日本人の人々は誰かに幸せを少しでもつくるための資源がある場所へ、家族とともに自分が引っ越しするのではないかと思います。
日本の政治家は自分の元にいるすべての人の家族を幸せにするという気概と覚悟、理念がないので、国民が離れていくのは仕方ないと感じます・・・。(泣)

space