インキュベーター・インスティテュート齋藤一恵のブログ

高野山で宿坊にこもってきました。


南海線の終点 極楽橋駅

バスの中で発見した最新お坊さんシューズ!

休暇をとり、高野山で宿坊にこもってきました。
シンガポールで体験した出来事が、私の人生の価値観だった、「人を信じること、お互いの良いところを尊重しあい、お互いの成長のために働く」という価値観が大間違いだという洗脳をうけるようなショック経験をして。私の心と体が誤作動を起こしました。
分析すると、これまで人を信じて、共に育つための仕事をしていく、というプログラミングがいきなり、人の言葉を信じて動いたおまえが馬鹿だ!というストーリーを経験して、個人的に大きな精神的痛手を負ったわけです。 人によっては、「そんなの忘れたほうがいい」、または、「そういう悪い気の人を寄せ付けたのは自分だろう」、といわれました。反省もありますが、私にとってはどちらにしても心身ともにぼろぼろになっちゃいまして。

一の橋の傍にある宿坊


それで、まずはポジティブでニュートラルな自分を一旦、取り戻すために、日本に帰り、療養しました。両親と温泉で過ごし、新緑の季節の風と匂いを感じ、友人と語らい、その後、高野山の宿坊に独りでこもりました。

不思議なのが、シンガポールではこの事件で眠れなくて、体中に痛みがあり、二日に一度はフルボディマッサージに行き、体の痛みをとろうとしていました。ところが、日本に帰って、4日後にはもうその痛みを感じなくなっていました。面白いですね。やはり、病は気からなんですね。

お部屋の縁側

私が訪れたその宿坊は、真言宗、密教のお寺です。私は、まだ密教の真髄はよくわかっていません。まだ、その勉強は先にとっておこうと思っています。今は、なんだか、そこに近寄ることで、癒しと何か自分に対して、本質を見つめなおすための機会をつくる触媒になっています。

今回、高野山の宿坊に泊まるのは、人生では4回目です。
前回は、シンガポールに移住する前ですから、約7年ぶり。
宿坊では朝のお勤め、高野山の美しい自然と融合したお寺の建築物を見て、午後は、昔からやっていた書道に勤しみました。シンガポールからは、筆だけを持参しまして、宿坊では写経という方法もありましたが、自分に出した課題は、「梵字」への挑戦。
普通の書の技術とはまったく違う、梵書に挑戦しました。
私が男に生まれていたら、たぶん、武道をやっていたと思います。
たまたま、女に生まれて書道をずっと小学1年生から、14年間かかさず毎週、やっていた学生時代、高野山の教書大会に自分の作品だけが高野山に飛んで、大会委員長賞という大きな賞と賞品が自分の元に飛んできたことがありました。

それが、私にとって、高野山と空海さんとの最初のご縁でした。
しかし、学生で書道をやっていた当時は、お手本通りに書く書のスタイルが、あまり好きになれませんでした。 ただ、アートとして表現する行為が好きだったからなのか? 書道だけは長らく続けられたことでした。
いつも、何かお手本とは違う、人まねではない書が書きたい、なにかアート的な書を描いてみたいという意識がどこか自分にはありました。 そして、社会人になり、ビジネスの世界にはいってからは、銀座までの長時間通勤と仕事にのめり込んだ私は、書道とは縁遠い生活になりました。そして、最近、またやりたいなと感じています。

宿坊のお部屋は、美しい庭が目の前にあり、誰に言われることもなく窓を開けて、縁側に座りたくなるお部屋です。静かで美しい緑、鳥の声と空、自分も自然界の一部となっている感覚になります。
それだけで、お金を人から奪うためだけに必死に生きている人間社会の価値観とは全く違う、人として大切なもの、純粋にそこに在る美しいものが強調された世界が見えてきます。

宿坊では、今回は初めて「阿字観」という、禅、瞑想法を体験しました。
そこにあるのは、「阿」という梵字。 それを見つめながら、呼吸法をつかって瞑想することです。 そこで、ふっと思い出したのは、なぜか「スキューバダイビング」笑

海のなかに潜ると、どうしても自分の呼吸の音と水の音しか聞こえなくて、自分の呼吸を意識するのです。 それと同じような感覚がしました。
ああ、だから海の奥深くにダイビングすると、なにもない「空」(そらではなく、くう)のなかに自分の身をおいている感覚になって、いつも癒されるんだな・・・と納得しました。

そして、その密教でいうと、「阿字」は宇宙の根源、大日如来を意味するのですが、その「阿字」を無心に書いてみたいと思いました。そんな場所で、久しぶりに書道に挑みました。

書法がまったく違うのだ。。


が・・・・久しぶりに筆をにぎった私の感覚を戻すには、やはり初日では何も作品らしきものができませんでした。それも、見よう見まねでの梵字。

相当に悩み、どう書けば、こういう曲線になるのか? 部屋で悩みながら、書くこと半日。
晩御飯の時間になっても、なっとくできる文字がなかなか決まらず。
若い僧の方が、晩御飯を部屋に持ってきていただいたときには、部屋中が練習して書いた紙だらけ・・・・・。僧の人も部屋を見て、無言で驚いてました。(^_^.)

どうもしっくりこない・・・

結局、とりあえず自分で納得いける作品というか、書を作って帰りたいという目標が達成できず。 う~~~~ん。結局、一晩延泊しちゃいました。
毎回、高野山に来ると、居心地がよくて予定よりも一日延泊しちゃう齋藤でした。
アジアリゾートもいいですが、日本の目に見える美しさ、見えない美しさ両方を体験できる高野山もいいですよ。

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