インキュベーター・インスティテュート齋藤一恵のブログ

2010 年 7 月 27 日

アジアの地域は洪水被害があちこちで・・・。

ROLEX のビルが浸水した状況


日本も西南の地域が水害にあっており、沢山の人の家が浸水、洪水の被害にあっているようです。

ちなみに、日本ではニュースにはなっていませんが、この大都会シンガポールでも浸水被害がありました。

シンガポールの“銀座通り”なるOrchard Road には、世界各国の高級ブランド店、ショッピングセンターが軒並んでおり、そのビルの半地下にある店舗は例外なく、水害にあいました。 現地の新聞では、エルメスが半地下の店舗で数億ドルの水害にあったとのこと。

そして、早速政府は対策をとりました。浸水被害にあいそうな予測がたったときには、その地域の商業オーナーへSMS(携帯電話でのメッセージ配信)で警報を送信するサービスを決定しました。

この写真は、1ヶ月前におきた大量の雨量によって、オーチャードロードのロレックスのビルの地下駐車場がほとんど水に埋まって、駐車していたトラックが浸水している状態です。

これがシンガポールの最初の浸水災害の状況でした。
それによって、先週ですが、シンガポールの損害保険の値上がりが決定されましたとさ・・・

2010 年 7 月 21 日

シンガポールの魅力と日本人のリアルを伝える本を出します。

シンガポールの体験を赤裸々に書いて、今後の日本人への提言を本として出版することになりました。

これまで、シンガポールに進出してから、いろいろな体験をしましたが、
これを包み隠さずに本に書くことにしました。私の体験は、ある意味、日本にいる日本人には、信じられない!というストーリーもありまして。笑  だから読む人には面白いかも。

ある意味、ドキュメンタリーをまぜた提案集の本です。
私がシンガポールに来る前には想像できなかった、アジア体験、そして意外にも海外で出会った一部の日本人のほうが、現地の人よりも日本人に平気で嘘をついて騙すような人たちが多いというケースを紹介しながら、今後の日本人のアジアグローバルリーダーシップへの提言を中心に沢山の人に伝えたいと思っています。

シンガポールといういつも優秀だと評価されている、その実態のなかでは、現実はこんなこともあるんだということを伝えられることになり、面白くなってきました~。

私は、私の体験をそのまま伝えて、嘘はつかないスタンスですから、それを暴かれた当人はちょっとびびるかもしれませんね。笑
だって、本当の事実を伝えないとどうしようも臨場感ないですからね。
これまで、そんな凄いびっくりするような経験をさせてくれた方には感謝しないとなりませんね。笑

同じ日本人でこんなことする人がいるんだ~~??気をつけないと!と
びっくりしますから。
本当のことを書いても、別にドキュメンタリー番組と同じです。当人は、だいたい本当のことを言われると怒るんですが・・・人間は本当のことを言われると発狂する人がいますが、別にその人の国の話ではありませんから、こういう人もいるから注意したほうがいいということだけにしかなりません。

メインは、どうやって日本人がシンガポールを活用してアジアで活動していくべきか?
成功者のケースと、そういう闇のストーリーをまぜたアジア進出の際に変な日本人、人格的に倫理観がない過去のバブル時代の価値観を維持している日本人にご注意!という警告をしたいですね・・・
よし、執筆と完成を頑張ります!

2010 年 7 月 10 日

在外選挙の広報のやり方に怒っています。

1999年にこの在外選挙権がスタートした時。
私は東京で、一般の人と海外日本語新聞社を招いた外務省主催の在外選挙権広報イベントに招かれて、スピーカーとして作家の中谷彰宏さんと一緒にディスカッションしたことがありました。 そんなご縁もあり、海外にいても自国の選挙に投じることの意識が高いのかもしれませんが、そもそも海外に住んでからのほうが日本の政治や社会の状態が心配で、関心が高まっていると感じています。

実は、前回の衆議院議員選挙の時にも書いたのですが。
選挙、選挙とNHKワールドや海外地元日本語メディアの一部でも広報はされています。
しかし、いつまでに何をすれば選挙へ票を投じることができるのか?
「選挙があります!」*在外選挙権の事前申請が必要です。ということだけで、広告には「投票するには何をどうして準備し、いつまでにどう投票するべき」という情報がないのです。 
前回のときは、選挙がありますというだけで、その選挙権を申請するのに2ヶ月もかかるといわれて、すでに投票日まで1ヶ月をきっているじゃないか!あほか!と書いたのが2008年の衆議院議員選挙のとき。

そして。今回の7月11日開票日の参議院議員選挙。
前回の失敗をしないように、選挙日の2ヶ月前に在シンガポール日本大使館で在外選挙権申請をしました。

そして、2週間後位には日本大使館からの封筒が届いた。

日本大使館から届いた封筒


中身は自分の本籍がある市役所からの書類でした。田舎の市役所職員がちゃんと手続きしてくれたんだなぁ・・とちょっと感慨深くなったりして。。笑

在外選挙人票

「よ~し、今度こそはきっちり投票するぞ!」と、結構、個人的に意気込んでいました。
そして、NHKの参議院議員選挙公報番組を見たり、ウェブサイトで各政党のマニフェストを読んだり、立候補者のサイトを閲覧して勉強して検討していました。

そして、日本国内投票日の前日の土曜日の今日。朝起きてから、最初に大使館に投票にいくぞ!と行く気満々で、前夜から投票する人と党を決めていた。

一瞬、「投票時間は何時からだ?」と思い、在シンガポール大使館のウェブサイトを念のため、確認したのだ。

すると・・・・・
1) 選挙日程
公示日:平成22年6月24日(木)
日本国内の投票日:平成22年7月11日(日)
※在シンガポール日本国大使館での在外公館投票は終了いたしました。
上記は、以下のウェブサイトから引用。
在シンガポール日本大使館 第22回参議院議員通常選挙のご案内ページhttp://www.sg.emb-japan.go.jp/ryoji_SENKYO_22senkyo_j.htm
「えええ???  なに? 終了した? いつ???」 
シンガポール大使館が日本国内の投票日だけ書いて、シンガポール大使館での投票日がどこにも書いていない。過去ログにもない。

実際、届いた封筒の中身をみても、いつ終了するという期日はどこにも書いていない・・・
毎日、見ていたNHK、日本のウェブサイトは国内投票日の公表で仕方ないが、大使館から届いた封書を再確認したが、どこにもシンガポール大使館での投票締切日は書いていない。
大使館のウェブサイトをいろいろ探したが、最新選挙ニュースをみても書いていない・・・

「そんな~~~!!嘘でしょ?!」
こんなに選挙情報、党のマニフェストを読んで、この土曜日を目指して準備してきたのにっ!
ウェブサイトにもいつが締め切りだったのかも書いてないし、いつが締め切りですよ、とも過去の記事にもないのだ。

まさか、自分の見落としか?と思い、郵送されてきた在外選挙人証と説明の補足書類をもう一度読み直した。
“日本国内で選挙期日が告示・公示された日の翌日から締切日(締切日は在外公館などごと、により異なります。)まで”
と書いてあるだけ。

で、肝心なシンガポール大使館の締切日は、地元ローカル日本語ペーパーなどでも、どこにも広報されていないのだ。 在外選挙権の影響をつくりたくない政党の策略か?笑

常識的に考えてみたら、その選挙権票をおくる封筒のなかに、「シンガポールでの投票はいつが締め切りですから、この期日内に大使館に来て投票するように」という連絡があってもいいではないか!
ウェブにもないという場合。これは、大使館職員だけが締め切りを知っているということであり、私のように投票に準備して土曜日に投票に行こうと計画していた投票人にとっては、「投票したい人は、大使館に電話連絡して締切日を確認のこと」でもいいから、広報するべきである。 2ヶ月前から予約したのに、行ってみたら、「もう閉店しました」とシャッターが閉まっている店の前では客はどうしようもない。

在シンガポール大使館のウェブサイトの制作委託を受けているウェブ制作会社の担当者個人も広報専門担当者として、そういうこと気がつかないのかな??と単純に思いました。
文章の記述がすべて、日本中央政府が出した広報文章のコピー&ペーストで、まったくシンガポールの投票の仕方についてはどこにも広報されていないのです。

私は、はっきりいって怒っています。(-_-)/~~~ピシー!ピシー!
なんのためにこれまでウェブやNHK、普段まったく買わない週刊誌を紀伊国屋で高値でも買って読んだりしてみて、検討してきたのか?
大使館職員の人もいつもとは違うイベントがきたので余裕がないのかもしれませんが、
自分たちが知っている、働かないとならない選挙投票日は、「はて、皆さんにちゃんと伝えられているのだろうか?」
という視点を持てる人が、大使館にひとりもいなかったという結果ではなかろうか。
そもそも、イベント主催者側は事前に参加者にルールを伝えることが当日の職員の仕事をスムーズに楽にするポイントでもあるのに。

あ~あ。馬鹿みたい。選挙人票をわざわざ、日本から送ってくれた職員の人の手間、郵便料、大使館が送った郵便料、全部、無駄になりました。日本の休暇中にわざわざ、みんなの党の党首の話まで聞きに行ったのに、一票を投じられない無力な大人がひとり、海外にいます。

2010 年 7 月 7 日

アジア経済中心で叫ぼうかな?シンガポール創業6周年。

まだまだ続く・・峠ですね。

今日は、The Incubator Institute の誕生日です。 2004年の7月7日に会社設立してから周囲を眺める暇もなく必死に山を登ってきて、やっと今、富士山の五合目にたどり着き、これまでの路と周囲の風景を見渡している感じがします。

「はぁ・・・・よくここまで登ってきたなぁ。5合目から見える景色はこういう感じなんだ~」 という感じでしょうか。または、子供を生んでしまってからは、毎日24時間子育てに奮闘してきてやっと小学生に成長した今、これまでのことを振り返り、ちょっと一息ついている母親みたいな感覚です。

やはり、自分で起業すると会社運営のランニングコストとキャッシュフローの調整、ファイナンスコントロールが私にとっては一番、難しいことでした。
しかし、小さな会社の社長が、いつも小さなお金を勘定してチェックが煩く、目の前の数字を見てはイライラ、ハラハラして眠れない、逃げ出したいというようなタイプだったら、とっくに精神的にやられて、自主廃業していたかもしれないですね。
たまたま、私みたいな危機のときには達観して、「さ~どうする? 齋藤?」と自分に挑戦してしまう楽観主義によって乗り越えてきた感じもします。それが不幸中の幸いだったのかもしれませんね。笑

私の場合は、取引先が確保された状態で会社をつくったわけでなく、本当にシンガポールのマーケットに飛び込み、走りながらニーズを開拓してきたというタイプなので、極小資本会社としてはリスクテイクとチャンレンジの連続が常でした。 大手企業を相手に「小さくても対等なスタンス」にもっていくことで、こちらも緊張感のある仕事関係がつくれたものもありました。一方でこちらが小さい会社だからなのか、オフィシャルな会議の外で不当な条件圧力をかけられたこともありました。

また、この日本人村では、新たに自分の目に見えない想定外の他者による「妬み」が発生して、足をひっぱられるということも経験できた6年間でした。
日本では経験したことのない痛い経験もしましたね。

日本にいる時には恵まれていて、そういうタイプの人に出会ったことがなかったのでしょう。「ビジネスだから何をしてもいい」というやり方の人に出会うと、どうも私は敏感に反応してしまい、反論もしてきました。 それを見て見ぬふりして流せる人がいる中、どうして自分が倫理違反行為に敏感に反応してしまうのか? 考えてみたのですが、結局自分の育った家庭やコミュニティ、社会人になってから所属した組織の行動規準からそういう価値観が身についたのかなと思います。 自分の子供の頃を思い出すと小学生、中学生の時に、いじめをしている子に「いじめるのはやめなさいよ!」と直談判しにいったことがありましたね。(笑)

私が社会人になって最初の6年間は、「リコー」という会社で法人営業をしていたのですが、現場の上司、先輩がもつ、取引先やお客様への姿勢として「相手を尊重して共に利益のある方法をとるべき」「嘘をついて営業してはいけない、不利になっても正直であれ」というような、他社との長期スパンでの共栄共存、お客さんに対して誠実な姿勢を維持することの大切さを、上司やそのコミュニティの人たちから教わってきたのだろうな・・としみじみ思います。
私にとっては昔の会社ですが、その会社組織が持っていた「三愛精神」というのがいまだに私のなかに埋め込まれているのかもしれません・・・ちょっと不思議ですね!?

会社を設立してから3年以内に90%以上の企業が倒産するというデータがあるなかで、ここまで事業を継続できたのは、本当にいろいろな人に支援していただいたからであり、まさに生かされている感覚であり、この幸運に感謝せずにはいられません。
もちろん、これまでに当社の未熟な点、至らないことが多々あったかと思います。
それを含めて受け止めていてだき、ご指導いただいたお客様には、当社の成長を見守ってくれた親のような存在であると感じます。

お世話になった取引先の皆さん、仕事仲間、スタッフ、そして私の悩みを聞いてくれた友人、日本で見守ってくれている両親に感謝を申し上げます。ありがとうございました。

アジアで活躍する日本人のリーダー育成支援をするというビジョンのもとに今後、Tiiで何を提供していこうか、さらに楽しみになってきました。
日本企業の課題へ挑む現場でのリーダーシップを裏方でサポートする役目を果たすためには、こちらも勉強を怠らずにしていかないとなりませんし、もっと研摩していきたいと思います。
これからもどうかご指導、ご鞭撻を頂きたく、宜しくお願い致します。 

齋藤一恵
2010年7月7日 七夕

2010 年 6 月 20 日

高野山で宿坊にこもってきました。


南海線の終点 極楽橋駅

バスの中で発見した最新お坊さんシューズ!

休暇をとり、高野山で宿坊にこもってきました。
シンガポールで体験した出来事が、私の人生の価値観だった、「人を信じること、お互いの良いところを尊重しあい、お互いの成長のために働く」という価値観が大間違いだという洗脳をうけるようなショック経験をして。私の心と体が誤作動を起こしました。
分析すると、これまで人を信じて、共に育つための仕事をしていく、というプログラミングがいきなり、人の言葉を信じて動いたおまえが馬鹿だ!というストーリーを経験して、個人的に大きな精神的痛手を負ったわけです。 人によっては、「そんなの忘れたほうがいい」、または、「そういう悪い気の人を寄せ付けたのは自分だろう」、といわれました。反省もありますが、私にとってはどちらにしても心身ともにぼろぼろになっちゃいまして。

一の橋の傍にある宿坊


それで、まずはポジティブでニュートラルな自分を一旦、取り戻すために、日本に帰り、療養しました。両親と温泉で過ごし、新緑の季節の風と匂いを感じ、友人と語らい、その後、高野山の宿坊に独りでこもりました。

不思議なのが、シンガポールではこの事件で眠れなくて、体中に痛みがあり、二日に一度はフルボディマッサージに行き、体の痛みをとろうとしていました。ところが、日本に帰って、4日後にはもうその痛みを感じなくなっていました。面白いですね。やはり、病は気からなんですね。

お部屋の縁側

私が訪れたその宿坊は、真言宗、密教のお寺です。私は、まだ密教の真髄はよくわかっていません。まだ、その勉強は先にとっておこうと思っています。今は、なんだか、そこに近寄ることで、癒しと何か自分に対して、本質を見つめなおすための機会をつくる触媒になっています。

今回、高野山の宿坊に泊まるのは、人生では4回目です。
前回は、シンガポールに移住する前ですから、約7年ぶり。
宿坊では朝のお勤め、高野山の美しい自然と融合したお寺の建築物を見て、午後は、昔からやっていた書道に勤しみました。シンガポールからは、筆だけを持参しまして、宿坊では写経という方法もありましたが、自分に出した課題は、「梵字」への挑戦。
普通の書の技術とはまったく違う、梵書に挑戦しました。
私が男に生まれていたら、たぶん、武道をやっていたと思います。
たまたま、女に生まれて書道をずっと小学1年生から、14年間かかさず毎週、やっていた学生時代、高野山の教書大会に自分の作品だけが高野山に飛んで、大会委員長賞という大きな賞と賞品が自分の元に飛んできたことがありました。

それが、私にとって、高野山と空海さんとの最初のご縁でした。
しかし、学生で書道をやっていた当時は、お手本通りに書く書のスタイルが、あまり好きになれませんでした。 ただ、アートとして表現する行為が好きだったからなのか? 書道だけは長らく続けられたことでした。
いつも、何かお手本とは違う、人まねではない書が書きたい、なにかアート的な書を描いてみたいという意識がどこか自分にはありました。 そして、社会人になり、ビジネスの世界にはいってからは、銀座までの長時間通勤と仕事にのめり込んだ私は、書道とは縁遠い生活になりました。そして、最近、またやりたいなと感じています。

宿坊のお部屋は、美しい庭が目の前にあり、誰に言われることもなく窓を開けて、縁側に座りたくなるお部屋です。静かで美しい緑、鳥の声と空、自分も自然界の一部となっている感覚になります。
それだけで、お金を人から奪うためだけに必死に生きている人間社会の価値観とは全く違う、人として大切なもの、純粋にそこに在る美しいものが強調された世界が見えてきます。

宿坊では、今回は初めて「阿字観」という、禅、瞑想法を体験しました。
そこにあるのは、「阿」という梵字。 それを見つめながら、呼吸法をつかって瞑想することです。 そこで、ふっと思い出したのは、なぜか「スキューバダイビング」笑

海のなかに潜ると、どうしても自分の呼吸の音と水の音しか聞こえなくて、自分の呼吸を意識するのです。 それと同じような感覚がしました。
ああ、だから海の奥深くにダイビングすると、なにもない「空」(そらではなく、くう)のなかに自分の身をおいている感覚になって、いつも癒されるんだな・・・と納得しました。

そして、その密教でいうと、「阿字」は宇宙の根源、大日如来を意味するのですが、その「阿字」を無心に書いてみたいと思いました。そんな場所で、久しぶりに書道に挑みました。

書法がまったく違うのだ。。


が・・・・久しぶりに筆をにぎった私の感覚を戻すには、やはり初日では何も作品らしきものができませんでした。それも、見よう見まねでの梵字。

相当に悩み、どう書けば、こういう曲線になるのか? 部屋で悩みながら、書くこと半日。
晩御飯の時間になっても、なっとくできる文字がなかなか決まらず。
若い僧の方が、晩御飯を部屋に持ってきていただいたときには、部屋中が練習して書いた紙だらけ・・・・・。僧の人も部屋を見て、無言で驚いてました。(^_^.)

どうもしっくりこない・・・

結局、とりあえず自分で納得いける作品というか、書を作って帰りたいという目標が達成できず。 う~~~~ん。結局、一晩延泊しちゃいました。
毎回、高野山に来ると、居心地がよくて予定よりも一日延泊しちゃう齋藤でした。
アジアリゾートもいいですが、日本の目に見える美しさ、見えない美しさ両方を体験できる高野山もいいですよ。

2010 年 6 月 19 日

東洋からの経営発想

つい最近、日本に休暇のために帰り、いろいろな地域の人と出会い、お話しました。

そこで、知り、あるマネジメントの本に出会いました。

「東洋からの経営発想」 田口佳史著 悠雲舎

ぜひ、アジア、インド、マレーシア、ベトナム、インドネシアなどのアジアでビジネスをしている方は、相当に本質を考えて、悩んだり、他人から見たら、東洋人の日本人の自分がどうものごとを見るべきか?、なんて考えることがある人は、ぜひ、読んでみてください。

私が一番、感じたのは。
東洋人の価値としての、「勤労観」です。
仕事を通して、自分を磨くという価値観。これは、東洋人や日本人にしかありません。
人生が勤労だけと思う行き過ぎた日本人には、バランスが悪すぎるといえますが。
でもね。これは、日本人のもつ、すごいことなのです。

海外にいて、日本人として、アジア人として、地球に生きる人間として、自分がどうあるべきか?なんてこと、別にそんなこと、考えたことも、感じたことがない人には必要ないですけど・・・

私自身、欧米系のマネジメント理論に学び、もっと日本企業は敵の理論を知り、そのうえで、競争したほうがいい、または、外国人従業員に対して、同じ目的のうえで、欧米系の理論でどう対処、共有するべきか?といつも考えていました。

アジア、東洋の歴史的、精神文化的には、どうしてもアメリカ的な経営手法には、精神文化的に違和感や反論があるところがあります。一方で、アジア人には盲目となっている、マネジメント、経営理論がアメリカの理論体系、基本的にやるべきマネジメント理論と法則が実際にあるし、ある程度、それに学んだほうが、賢いし、それをやるべきだと、といわざるをえません。ある意味、欧米系の人を相手に、戦うならば、相手を知る上では重要な知識となります。

しかし、東洋、アジア人の精神文化の場合、同じような感じ方があるわけで、アジア人同士で、欧米系の理論を振りかざして、相手に攻撃するのは違和感が残ります。

その点では、シンガポールという場所は、ある意味、歴史や文化などは後回しにした特殊な場所なのです。
法律も英国からのコピーで、それを使うのが、東洋人なのです。

しかし、そういう特殊な場所で、ビジネスと表現活動を挑戦している途中で、痛感したことがあります。
なんだか、もっと日本は日本型の良さをさらに知り、それはそれで、維持したほうがいいと思うことや、すばらしい点がたびたびありました。
それは、ほとんどが、その「日本人のあり方」とリンクして、「日本企業のあり方」、その人の生き方、経営者が従業員へ思いを貫いている人の価値観から、そう感じました。

そんなことを感じたりした、海外での人材管理の現場で、変われない悪い弱点としては、
「日本企業の組織心理は、60年前の神風論や、戦争論とあまり変わっていない」と
ある意味、どこかで結論づけた経験が、正直にいうとあります。

とにかく、その人、そのときに何をしたかによってだけ、評価されて、その後のモニタリングや、その後の考えてつくった成果は評価にはいらないのです。

アジア諸国は、いろいろな国による文化と歴史があります。

日本も2600年以上の歴史があり、やはり、目に見えない遺伝子が人々に影響を与えていると感じます。

2600年の歴史では、男尊女卑は2660年の間、続いていた日本であり、いまさら、いきなり男女平等といわれて、精神文化的に無理なのでしょう。

私は、女に生まれてしまったので、現実で主張しても、実はそれを受け入れて生きていくしかありませんね。
男に生まれたほうが、ビジネス社会では差別があるけど、男女比ほどはないので、日本人としては社会活動したいなら、日本人男に生まれたほうがよかったなと「個人的には」思いますね。

東洋的な経営思想を話したかったのに、私自身は、東洋的な価値感により、日本人ビジネス社会では、ディスアドバンテージをもつ存在であるという、どうしようも解決がない立場で、努力を続けるしかないんだな・・・と、10年前からの考えと今もやはり、変わらないのだなと思いました。

だったら、アドバンテージを持つ日本人男は、もっと必死に勉強して、日本を沈没させずに、支えるために努力してほしいと思う。

2010 年 6 月 16 日

「ビジネスだから」といって、人として何をしてもいいのか?

あはは。

この題材とおりで。ビジネスとは、社会活動です。 その社会で行動、言動したことはいろいろな人に影響を与えます。

やはり、どうも、私自身は、「ビジネスだから何をしてもいいだろ」という価値観の人とは、共鳴も同情もできませんね。シンガポールで体験し、感じたことを伝えます。

異文化のある世界の地球に生きている人間だからこそ、その人を尊重し、他者、他社の良いところを尊重して世界のなかで共存していきたいと信じていた価値観とは、まったく違う人とシンガポールで、「ビジネスだから」という言葉ひとつで、自分の不正なる行動、平気で嘘をついて周囲の人に迷惑をかけておきながら、最後は全部、自分を正当化するために発狂して、こちらを怒り散らしている、そういう日本人に出会いました。
(超びっくりしたぁ・・・・)

海外のシンガポールという国へ、乗り込んで会社を立ち上げて、それから6年間、異文化を尊重しながら、サバイバルしてきましたが。

このグローバル社会で他人に何の意味もつくれず、人間社会のための大きな意味も考えない、自分個人の優越感とお金のためだけに人からお金を奪うことがビジネスだと思い込んでいる人に出会いました。
平気で嘘をついたり、自分にとって都合の悪い人の悪口をでっちあげて、あちこちに話してうわさをつくるような暇人の人、そして、それを見て見ぬふりして、何とも思わない人や、このシンガポールに疑問がわきました。

この「問い」について、シンガポール政府のEDBの人に聞いてみたいと思います。
シンガポールという国は、商売人には、人間的かつ、ビジネス倫理がなくても歓迎できるのか? 倫理なくてもシンガポールでは利益さえあげて、お金をたくさん持つ人になれば、ビジネスでは、自分は人間としていけていると思わせているのではないか?
そんな大人ばかりを集めた社会で育つ子供たちは、もちろん、そうなるけど・・・。

自己利益のために人に虚言をはいて欺き、自己利益のために行動して、人から搾取したり、利益を横取りすることが正しいがビジネスの道ならば、この人間経済活動世界は地獄ですね。その地獄世界を啓蒙し、それを願っているような人とはどうしても価値観の共有も同意もできません。それを自分の子供にその行為を見せて、同じような大人になれと堂々といえるのでしょうか? ま、そういう大人も世界の資本主義者には沢山いますけど。。

その代わり、その自分のやり方、生き様を人や社会に包み隠さずに公開できるのでしょうか? 

で、だいたい、そういう人は、隠れ蓑的にボランティアや教会で活動することで、その人をよく知らない人に対して、私は善人です!というPRを普段から欠かさずしているようです。
そもそも、そういう世界平和や宗教を信じるならば、別に自宅と自己人生と周囲の人に影響を与えればいいのに、なぜか、家族にはそういうことをしないで、教会で沢山の人の前で「私は教会で無報酬で人々と神へ貢献しています」という、パフォーマンスを欠かさないのだ。

「ビジネスだから何をしてもいい」と平気でやる人は、そのプロセスをぜひ、それを公開してほしいです。それが成功であり、それが正しいと信じて、このように人から搾取してビジネスは成功できる本を正直に事実を書いてほしいですね。
しかし、なぜか、そういう人たちは、いつも一般的に受け入れられることしか、
表現しないのです。なんで?自分でそれが間違いだとわかっているということでしょうか?

その場合、嘘をつかずに、子供たちや、誠実に謙虚に生きている人たちの社会には近づかないで、同じような価値観の人のコミュニティだけで奮闘、ご活躍していただきたいと思います。
それのほうが、そのコミュニティでたくさんの賞賛と評価を得られることは確実です。
無理して、価値観の違う、庶民と同じ顔をしないでも、もっと賞賛されるはずです。

平気で嘘をつき、自己利益にもっていくことが、ビジネスでは正しいという価値観ならば、そういうタイプのコミュニティでチャレンジして、同じ価値観の人とフェアにやっていただきたい。嘘などつけない善民を相手に、嘘をつき、人々を惑わせるようなことをして、人を裏切り続けて、人を信用させる言葉をはき、相手のもっているものを搾取して、新しい顧客を餌食にするのは、人間社会にとって邪悪であるということに気づいてほしいですね。
でも、こんなところのブログで話しても、人を変えるのは無理だな。笑

人の心には、誰にも闇も善の心もあります。でも、闇の邪悪を実際にフルに使うのは、自分の人生を邪悪な色に染めることになるわけで。 でも、そういう人は、実は邪悪なことをしないと、自分が損をするという経験を人生でされていることが多いのだろう。まさにその人の人生経験による学習。 たまたま、その人の人生でであった人々があまりにも、お金と自己利益に走る人が上司だったり、親だったりするわけです。

そこからは、普段はまずは世間から見える、見た目だけを、人からよく思われる見た目に努力を重ねます。しかし、その見た目の体を動かしているエンジンの精神は、もう善的な心理には戻れません。 それは、人のいいといわれる人たちや、善を信じるそういう人たちが馬鹿だという絶対的な評価と、そう信じて生きているからです。

2010 年 4 月 25 日

海外の日本企業とその会社員個人が持つビジネス倫理との闘い

アジア、海外進出している多くの日本企業は日本の上場企業(IPO) 会社です。
しかしながら、そういった会社組織に居る社員には、海外赴任を突然、命令されて、慌てて外国へ異動し、国際的な法令と人権保護に関して、社員個人として本社から教育も受けずに、ただ日本式の意識と個人の価値観のまま、本社命令で海外へ飛ばされているのが現実です。

多くのシニア年齢層の日本人管理職の多くが、アジアの従業員に対して、アジア人社員個人の言い分ややり方について、人権尊重の態度や認識がなく、「あいつらはこうすればいい」という、ただの労働者(説明は必要ない奴隷のような)認識の基で経営判断の言葉を発する場面に私は、過去6年間で遭遇することがありました。

会社の上司だから、または俺がお客なんだからという態度で、法令違反的な、とにかくこうしろ、というのはあまりにグローバル企業としてのコンプライアンス規程を無視した指令の仕方で、逆に国際的な、またはその土地の法律を知っている従業員から、訴えられることが沢山起きています。これは、最近のインドでは象徴的な日本企業のトラブルです。
シンガポールに派遣されている駐在員には、そういう認識の少ない人はインド派遣駐在員よりも少ないみたいですが。

例えば、日本では当たり前の、接待のための夜のお店で、日本人社員が女性の身体に触った、ということは、日本では、そのお店の人が仕方ないと我慢して訴えることは、あまりありませんが、海外では、Bar というお店の従業員の身体に障ったら、訴えられます。
実際に、シンガポールでは、日本人ビジネスマンが女性に訴えられて実名と写真が新聞に掲載されました。

また、日本ではよくある、組織的ないじめ、ハラスメントも、海外では違法行為になり、
誰でもそのことを、相手が大きな企業でも、個人が訴える手段や文化があります。

そういうことを認識しないで、日本で通用した、組織的圧力や、個人的嫌がらせによる業者へのアプローチは、企業のコンプライアンスに違約しているということを認識できない人がいます。

どうか、海外ビジネスを展開している上場企業のコンプライアンスご担当者には、
海外赴任者にきちんとそういう認識を持たせて、海外赴任をするようにしていただきたい。

それは、結果、日本の会社の従業員、株主も含めた会社の経営者のリスクを守ることにつながるからです。

私は、何度も、日本人幹部による、従業員の人権や従業員の権利を無視した態度や言動を聞く場面に海外、シンガポールで遭遇しています。
そのたびに、私は、そうはいいましても、従業員からすれば、こう理解しているのでと、反論して、ご担当者から嫌われています。
しかし、その時は嫌われようが、いじめられようが、私は最終的にその会社のグローバルリスクを守るためにその日本で通用した圧力のやり方やバッシングを受ける覚悟で仕事しています。

結論は、日本の本社は海外赴任者にそういう教育をきちんと、海外へ送る前にやるべき義務があります。 そして、日本企業のために働く私達には、クライエントの会社の経営リスクと従業員をできる限り、外国の社会的なバッシングから守るための仕事をする、それがミッションですね。

2010 年 4 月 1 日

最近、シンガポールでの資金管理相談が増えています。

タイトルの通りで、
最近、毎週、数件のご相談を日本在住の方から頂きます。

当社は、ご相談頂いた以上は、その方が目的を達成するように最大限の策を尽くしますが、まずは、

1.何を目的にシンガポール移住をしたいのか?
2.何を目的に会社を設立したいのか?

私共も大変、残念なのですが、この質問に対して、まったく答えられない方はお断りしております。

現実的には、このように日本と違って、
「俺は金儲けしているので、できるだけ税金対策を合法的にやりたい!」
と、はっきりと言ってくれればいいのですが、

日本国内の日本人の場合と慣習としては、
そういう目的をはっきりと明確に人に言う慣習がないので、まず、文化的なのか、ボキャブラリーがないので日本語でも他人に言えない人が多いようです。

ある意味、以下のようなことを言われたら、解りやすくて、相談にのりやすいのですが。

「俺はこれだけ儲けている!または俺の会社はこれだけ必死に利益をつくっている。そして、これだけ日本では税金を納めていて、何が私の会社の周囲、ましては私の周りが必死に働いたいた収入から、少しでも多く社長や社員本人に残して、幸せできるのか?」

という問いについて、日本の国税庁は答えられません。

しかたないので、個人の希望をお伺いして、日本の住民票を抜いて、シンガポール住民となれば事実として、いきなり、実質の収入現金が30%近く、増えるということはお伝えしております。
(*183日以上はシンガポールに滞在すること。しかしながら、ある意味、182日は日本にいてもOK)

で、こんなブログを書いて、日本の国税庁から、私のところに、「あんたら、何なの?」という調査が来ても、
「よっしゃ、いくらでも答えるし、日本の国税庁さん、せっかく、シンガポールまで税務の企業を追っかけてきたらならば、せっかくなので、どうやって、シンガポール政府が、国民はもとより、外国人にまで、所得税納税をばっちりと管理、払わせているのか?」
私が喜んで説明させて頂きたい。

別に誰でもが脱税したいわけではない。
高額納税者にとっては、きちんと納税して、「オレ、私はこの地域のために働いて、払った税金がこの地域の何に貢献しているのだ」、という実感が欲しいよな。
それは人間の普通の心理的欲求だということを、日本の政府と税務署はご理解いただいているのだろうか???

2010 年 3 月 3 日

シンガポールへお帰りなさい!Moneyさん !

cny

日本を除いた欧米人以外のアジア人の国は、
実は、1月1日が元旦ではありません。

私も日本だけが違うんだ?と気付いたのはシンガポールに来てからでした。

アジアは古来の古い暦を大切に現在も残しており、
毎年、相当昔からの計算で、毎年の元旦が決まります。
でも、実はカレンダーは毎月が同じ日数でなく、大昔から数えていけば、ずれるのが、数理的、論理的にも正しいわけです。

で、なんで、日本だけが、毎年、カレンダーにある1月1日が元旦なんだ?
誰か、教えて下さい。
アメリカに戦争で負けた時から、カレンダーが変わったのか?

それは誰かに教えてもらうことにして、
こちらは、旧正月が終わり、本格的にビジネスが動き出しました。

つい最近、パートナーの会社や、不動産開発会社の人と話していると、
一時期、金融系の外国人やら、何やらがシンガポールから帰ったけど、
最近は、
     “Money is back to Singapore !”

と、一番の金融街で不動産開発と不動産賃貸系のサービス業をしているシンガポーリアンが言ってました・・・!

sentosa-condo
(これは、セントーサ島の沿岸にあるコンドミニアムなんですが、1年前に即効で売れ切れた物件ですね・・・)

実際にこの2週間のシンガポールの経済新聞を見ていると、またバブルが来るのか?というような雰囲気です・・。毎日のニュース記事では、不動産はがんがんに売れています。売り出しの日に凄い人が並ぶのですよ。

なんだ、それ? 皆さん、本当にお金持ってるんですね・・あとは、投資家魂というか、「金持ち父さん、貧乏父さん」の価値観を持つ人がとにかく多い!

それにしても、シンガポールにいると、未来はまだまだ明るい感じがして、
日本の日経新聞や、NHKのニュースを見ていると、
あまりに誰でもが先が暗いとしか感じられないですぅ・・・ (^_^;)

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